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本当は怖い「クラウド」という概念


今後の企業IT戦略を変える大きな変革として、IBMはCAMSS(クラウド、アナリティクス、モバイル、ソーシャル、セキュリティ)を、ガートナーはアナリティクス、インフォメーション、モバイル、クラウドをその革新的要素として掲げている。 

このブログの読者各位においては「何をいまさら」という感じに受け止められるかもしれない。ビックデータやBIという比較的目新しい分野に関連するだろうアナリティクスやインフォメーションは別としても「クラウド」などは手垢のついたBUZZWORDだ。クラウドは...というかAWSはずいぶん世の中を変えたかもしれないが、これから何かを大きく変えるものではない、そう思うかもしれない。

 

しかし、私たちはこの「クラウド」という曖昧な言葉の意味を正しく理解しているだろうか。クラウドとはサーバリソースの共用貸し? SaaS、BaaS、PaaS、IaaSのこと?

クラウドとは何か?今回はこの点を整理してみた。

 

 

クラウドとは何か?

クラウドとはサービスのことである。

XaaS(X as a Service)という言葉が指し示すように、クラウドはサービスという形で提供される。サービスとは提供するものの仕様やその価格を提供側が設計し、顧客が対価を払うことで利用しうる形態を言う。つまりそこには原則的に個社個別対応の要素はなく、顧客は提示されたサービスの内容を吟味し、自らに適したサービスを選択的に選ぶことになる。

 

クラウドとはサブスクリプションのことである。

クラウドサービスは利用されるものであり、顧客が所有するものではない。サービスは、その利用の程度に応じて課金され、顧客は一般的に月額費用として支払いを行う。そこには契約ごとに発生する初期費用という名目の個別構築費用も、最低利用期間による投資回収期間も存在しない。

 

クラウドとはパブリックなものである。

「御社だけの特別なクラウドサービス」は存在しない。クラウドのこの共用的性格こそが、世のオンプレミスサービスに対して価格優位性を発揮し駆逐するにいたった大きな要素となった。世の中には「プライベートクラウド」なる言葉があるが、それは主にネットワーク上の区切りの話か、本来的なクラウド化に追従できなかった企業とその顧客の作り出した言葉でしかない。

 

 

クラウドという言葉が流行りだしたじぶん「クラウドとは水道のように必要な時に必要なだけ利用する形態のサービスだ」という説明を読んだことがある。その時はずいぶん下手な比喩だと思ったものだが、このように振り返ると的を射た比喩だと言える。水道水のカルキ成分を契約家庭ごとに変更するようなカスタマイズはありえないし、近くに水道局を新設したからといって、ある地域だけ水道料金が高くなるようなこともない。そして水道はあくまでお隣さんにも同じ金額で利用できる共用サービスだ。

 

逆に考えれば、クラウド化の潮流に乗る上では、価格、品質、導入の手軽さにおいて、市場のニーズを的確に把握し、他社と比較して選ばれるものを世に生み出す企業力(マーケティング能力や財務的な体力)が求められる。サービス展開には初期投資も必要になるため今まで以上にリスキーな経営判断が必要になるが、これらは個社対応/最適ばかりやってきた国内SIerにとってはもっとも苦手な分野になるだろう。

 

またこうしたクラウド的概念は、何もITシステムに限定した話にとどまらない。必要なときに必要なものだけ利用する、という流れは今後、企業のありとあらゆる分野で共通概念になるだろう。世の中では、間接部門系の業務を丸ごとアウトソーシングするBPOという言葉が浸透し始めているが、こうした例からもわかるように、業務やそこに紐づく従業員という、これまで企業が所有してきたリソースについても、一時的に、必要な分だけ、外部からサービスとして受けるという「クラウド化」が一般化してくるはずだ。

 

企業という存在は、顧客にベネフィットを提供するためのプロジェクトでしかなくなり、経営層という企画兼PMによってそのプロジェクトに応じたリソースをクラウド利用し、集合と解散を繰り返すようになる。そうした企業と雇用のあり方を大きく変える存在として、「クラウド」という言葉は私にはずいぶんと重みをもって感じられる。