三つ数えろ

日本人の働き方とか組織論について、せん妄状態で記述していきます

会社組織における「偉い」を因数分解する

部長は課長より「偉い」わけではないし、課長は一般職より「偉い」わけでもない。

会社組織における「偉い」という測定不能なパラメータについては「論理的にはそんなものは存在しない」という認識が必要だ。役職は順列を表す指標ではなく、ただその役割を識別するためのものでしかない。

 

 

 

いわゆる「偉い」を因数分解すれば「力量」と「責任」に分解される。

 

たとえばあなたの上席たる部長の力量(それは能力や経験によって得られた実績によって裏付けられる)は、待遇によってペイされるし、その背負った責任は、権限によってペイされる。とどのつまりプラマイゼロであり、結果、部長と一般職の間には偉い偉くないという上下関係は存在しない。

 

また、指揮命令という点においても、指揮命令する責任とそれを執行する責任があるだけだ。そこには意思決定の流れはあるにしても、それは上下ではなく左右であるべきであって、それ以外の差異はない。命令系統がもっとも厳格な軍隊組織においても、その地位は与えられた命令に背く自己決定権の範囲を担保するものとして認識されている。なぜならば戦場においては、命令に従って負けても「僕は悪くない」と言える環境ではないからだ(死んでるし)。

 

よって、論理的に言えば、日々の業務において上席にたいして何も慮る必要はなく、新人は新人、中堅は中堅、窓際は窓際として、言いたいことを主張すればいいのであって、その意味で無用な萎縮は組織人としての役割を全うしていないと言っていい。時折発現する一方的な暴言に対しては倍の暴言で応えればいい(「おまえ、今なんつった?もう一回言ってみ?」と応えればいい。そこには会社とは関係のないただの私闘があるだけである)。

 

ただし実情としてこうした論理的な正論が罷り通らない理由は、往々にして上席には、その部下に対する人事権があるということだ。つまり偉い、偉くないというのは人事権の有無を指す言葉であると言える。この私的、恣意的、感情的な人事権の濫用が組織のあり方を歪めてきたと言っていいが、実体としてムチがなければ組織を運営できないという人類としての課題もあるのだろう。

 

とはいえ、我々は前に進んでいかなければならない。

 

組織をずっと効率的で生産的なものにするためには、理想的に言えば、人事考課という評価の仕組みを客観的で検証可能なデータとし、その監査を行う第三者機関に委ねる必要があるだろう。そしてそうしたサービスを行う市場が今後生まれると考える。

 

今日は以上!

 

 

 

 

 

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